2024.10.09

【書評】大人のためのエンタメ本「エンタメビジネス全史」

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【書評】大人のためのエンタメ本「エンタメビジネス全史」
インプットポイント
  • これまでの日本のエンタメビジネスの起こりから現在までを俯瞰的に把握できる。
  • 各エンタメ分野で課題とされてきたこと、課題としていることを把握しつつ、未来像について考える一助になる。

皆様は、先日SNS上で話題になった「brazilian Miku(ブラジリアンミク)」をご存じだろうか。これは、ブラジル人のアーティスト兼インフルエンサーが、ボーカロイド「初音ミク(※)」を使用した楽曲を発表したことをきっかけに、それにインスピレーションを受けたイラストレーターが「ブラジルテイストの初音ミク」を描いたことで爆発的にバズった「ブラジル×初音ミク」の概念のことだ。このムーブは世界各国のイラストレーターに広まり、「Mexican Miku(メキシカンミク)」や「Spanish Miku(スパニッシュミク)」など、各国の伝統衣装や若者文化とコラボさせた初音ミクのイラストの投稿が流行った。(※初音ミクとは、バーチャルシンガーソフトウェアとその女性キャラクターの名称。キャラクターとして描かれる場合は、ブルーグリーン色の長く豊かな髪、髪色と同じ瞳やネイルカラー、色白で華奢な体系、ぱっちりとした目、髪型はツインテール、といった具合に表現されることが多い。)

私がこのムーブを追っていた際に関心を寄せた点が、各イラストの可愛らしさは然ることながら、投稿される画像それぞれの肌の色、服装や表情、ポーズが非常に多彩だったにも関わらず、一貫して“青色または緑色の髪をしたツインテールの女の子”が「初音ミク」として認識されていた点だ。これは、全世界の異なる文化圏、異なる人種の人であっても、「初音ミク」を知る全ての人々が、「初音ミク」という概念またはそのシンボルマークを“青色または緑色の髪と目をしたツインテールの女の子”として共有していることになる。

初音ミクがそうであるように、日本で生まれたキャラクターの世界的な認知度は、非常に高いものが多い。ゲームタイトルやキャラクターなど、「財産的価値のあるアイデア」という意味での知的財産のことを「IP」と言うが、2023年9月時点でのキャラクターIPの総収益では、TOP10の内、実に半数を日本のIPが占めている。このことからも、日本で生まれたキャラクターが世界で人気を博していることがわかる。(ちなみに、意外なことに第6位には「アンパンマン」がランクインしている。気になる方は是非調べてみてほしい。)

ここまで日本のIPが強くなったのはなぜなのか、また、そのようなIPが生まれる背景となっている「日本のエンターテイメント」はどのように成長してきたのか。前書きが長くなったが、本著はそのような内容を「興行」「映画」「音楽」「出版」「マンガ」「テレビ」など、9つの分野に日本のエンタメを分類し、各分野の歴史や特性、今後の展望をコンパクトかつ丁寧に説明している。

元々、本著は、当記事の筆者がゲーム業界の案件に携わる一環として、顧客理解や業界知識を深めるために手に取ったものだった。しかし、実際に読んでみたところ、単純な「エンタメビジネスの入門書」としてだけでなく「ビジネスを生み出すための教科書」という表現もしっくりくるような内容となっていたので驚いた。そのため、今後エンタメビジネスに関りたいという方や、新しいビジネスを興そうと奮起する方、日本のIPについて改めて興味関心を持った方などには、是非読んでいただきたい一冊である。

出版社:日経BP
発売日:2023/3/23
著者:中山 淳雄

【著者紹介、書籍の特徴】「エンタメ社会学者」の肩書を持つ著者が、エンタメを産業として分析し、「日本の独自のエンタメの産業的な強さ」とその背景を体系的にまとめている。

著者(中山 淳雄)は、コンテンツビジネスに関する数々の著書を執筆している社会学者だ。これまで、DeNA、ブシロード、バンダイナムコスタジオなどでゲーム業界やアニメ業界に関わり、現在は事業家として活躍する傍ら、大学での研究・教育(※1)や行政アドバイザリー・委員活動(※2)なども行っているという、まさに「エンタメの社会学者」だ。(※1:慶應義塾大学経済学部訪問研究員、立命館大学ゲーム研究センター客員研究員/※2:経済産業省コンテンツIPプロジェクト主査、内閣府知財戦略委員)

そのようなエンタメビジネスに造詣の深い作者が、日本の歴史において最も古いエンタメから現代のエンタメまで、その起こりと背景、産業として大きく成長させるまでの経緯と現在の課題、今後の展望を本著にて説明している。各分野において、具体的な作品名や企業名、実業家名等を交えつつ、分かり易いコンパクトさで著述しているため、日本のエンタメに馴染みのある人ならば、納得感や親しみを持って読み進められるだろう。

【目次と要旨】目次毎に内容が独立しており、短編集のような構成になっている。そのため、気になった分野に関してのみピックアップして読んでも支障がない。

エンタメは、市場ゼロから生み出された産業であり、さらに「ヒットするか否か」というある種の”賭け”の連続の中で成長をしてきた産業でもある。しかし、全てのエンタメ産業の根底には「人を喜ばせたい」という純粋な発想がある。産業としての大きくなるには、その可能性を見出した支援者やクリエイター、そしてユーザー全てを巻き込む必要がある。

以下は、上記過程の全てを日本のエンタメ産業の分野ごとにまとめたものだ。本著はエンタメ産業の各分野が章ごとにまとまっているため、全てを読み切らずに、読者側で興味のある分野のみをチョイスして読んでも差し支えない構成となっている。

第1章 興行

同じ場に”生の演者”と”生の観客”が居合わせることにより生まれる、「一度限りの瞬間」を売っていた興行の妙味は、今ではVtuberが企画するイベントに現れる。現代は、YouTubeに見られるように、「1人のクリエイターが、デジタルの力で大規模のユーザーを熱狂させる」時代となっている。

第2章 映画

テレビの登場により斜陽を迎えた映画産業は、意外にもその「冬の時代」に作られた「ピンク映画」によって実戦経験豊富な映画監督を育んだ。現在では、世界的に見ても珍しい「興行の半分以上を自国産映画で占めている国」として、映画大国の一角を担っている。

第3章 音楽

幾度となく存続の危機に立たされてきた音楽業界は、「エンタメ産業のカナリア」的存在と言える。音楽再生プレイヤーの技術革新に影響を受けやすい音楽産業の主流は、現在ではストリーミングとなった。「世界一のCD大国」というガラパゴス化された日本でも、ビジネスの再構築が急がれている。

第4章 出版

かつて出版は、その時代の流行に合わせて機敏にサブメディアを作り、情報をキュレーションしてきた重要な産業だった。今では出版市場は縮小傾向にあるものの、メディアミックスやキャラクタービジネスといった新しいビジネスモデルで成功している企業もあり、業界自体には成長の道筋が見えつつある。

第5章 マンガ

日本のマンガは、週刊マンガ雑誌や少女マンガ雑誌の登場により爛熟し、ホビーやゲームとコラボするマンガ雑誌が出るまでになった。今では電子化が進む他、市場としてはマンガ産業史上最大化しており、日本アニメの配信をきっかけにマンガを購読する層に如何にアプローチするかがキーポイントとなる。

第6章 テレビ

国家による電波管理下で市場原理も働かず、独占状態を維持していたテレビ局は、田中角栄による差配で大再編され、全国ネットワーク化される。その後あらゆるエンタメジャンルを放送し、コンテンツの王者となっていたテレビだが、今ではYouTubeやTikTokに視聴者を奪われ、背中を追われる存在になった。

第7章 アニメ

登場当時、実写の10倍コストがかかった国産アニメは、「アニメ製作委員会」という新しいビジネスモデルにより、ある程度の資金調達が可能となる。しかし、国産アニメは常に「クリエイターの目指すもの」と「ビジネスとしての正解」のバランスを上手くとれずにいた。このバランスこそがアニメ業界成長の命運を握る。

第8章 ゲーム

ゲーム会社経営は、開発側の妄想とユーザーや投資家たちの期待値をすり合わせ、「創造」という一か八かのアイデアを興味、関心、お金に換える方法を常に探ってきた。企業の成長期ほど、社内が”カオス状態”になりやすいゲーム会社は、そのカオスこそが業界を成長させるために必要な要素とも言える。

第9章 スポーツ

日本のスポーツ市場において、試合観戦や放映による売り上げは全体の3%ほどにしかならず、その大部分はスポーツ関連ビジネスにより支えられている。メディアビジネスとしては欧米や東アジアに引けを取っている日本のスポーツ業界は、今後市場を最大化するために何らかの方針を打ち出す岐路に立たされている。

【感想】すべてのエンタメ産業は、ゼロイチでビジネスを生み出す「起業」のようなものであり、作り手の理想とそれを支援するスポンサーやユーザー無くしては成立しない。

本著において、著者は、興行は「見せるものへの期待値を作り出し、それによって金を払うに足ると感じるファンを集める仕事」と著述している。このフレーズは、興行のみならず、全てのビジネスにおける本質を突いているように思う。

口惜しいことに、これまでの日本におけるエンタメは、クリエイティブなモノ作りは得意であるものの、マーケティングに関しては苦手な傾向があった。これは、「良いものを作れば売れる」という過去の日本の栄光がもたらした神話による影響も大きいのかもしれない。

冒頭で述べた「brazilian Miku」のように、日本のIPが世界に多くのユーザーを抱え、絶大な人気を誇っているのは、日本のクリエイターによる微に入り細を穿つこだわりや、良い意味で”クレイジー”と言える情熱が詰まったコンテンツの力そのものと言える。日本のエンタメ産業の発展には、このようなクリエイティブを世に送り出し収益化することが必要不可欠だが、そのためには、支援するスポンサーや、ファンとなりお金を支払うユーザーを如何に巻き込むか、エンタメ産業に関わる全ての企業がその手腕を試されている。

まとめ

本著内では、日本のエンタメビジネスを成功させるには、「クリエイターのアイデアと、ビジネスモデルをどうバランスさせていくかが大きなカギとなる」と著述されていた。これは、エンタメビジネスの成功と失敗の歴史を読み進めると非常に納得感のある形で受け入れることができる。一方で、私が本著を読んで感じたことは、「産業全体で見ると、ユーザー側もその発展に協力できる」ということだ。この意味で、エンタメビジネスの本質は、どこまで行っても「興行」であり、作り手側と観客側が熱狂を生み出し続ける産業なのだろう。

この「アイデアとビジネスモデルのバランス」や「作り手と観客の構造」は、そのまま異業種のビジネスにも応用できる。DXコンサル業界に関わる我々としても、関わる案件ごとに、「観客」となる真のお客様は誰なのか、そのお客様にとっては「作り手」であり、我々にとっては大切なクライアントである企業様は何を行っているのか、そしてどのような展望を描いているのかを明確にする必要がある。また、その企業様に対し我々は何ができるのか、「観客」であるお客さまも「作り手」となる企業様も全て巻き込んだアイデアを提案することが求められる。こうして提案させていただいたアイデアやその実現までの過程は、「クライアントの皆様にとって投資効率の高い、高品質なコンサルティングサービスであるか」という点と合わせて常に天秤にかかっているのだろう。

マガジン編集部
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この記事はマガジン編集部が執筆・編集しました。

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